第75回全国代表者会議決議(2020年3月)

075全代 第1章第2節 軍学共同の進展

2020.03.15

(1)軍学共同に関する動向について

 日本の軍学共同に関する情勢分析をするにあたって、まず「防衛白書」[1]などから政府の問題意識を、とりわけ技術・研究開発に焦点を当てながら確認しておきたい。近年、欧米では国防費の大幅な増大のもとで、防衛生産・技術基盤の維持・強化のための取組を進めている。欧米においては、防衛産業の合併・統合が進み、同盟国・友好国間での共同開発・生産や技術協力を加速させている。また、各国政府は、企業や大学などへの資金提供による国防研究開発も進めている。その中で開発された欧米諸国の兵器は、近年中国の影響力拡大のもとでアジア各国が相互促進的に導入を進めている。政府の認識によれば、軍事的緊張が高まっている。

 日本政府は、以上のような認識の中で、次のような動きを見せている。集団的自衛権の行使を容認する閣議決定が2014年7月1日になされた。この集団的自衛権の行使を容認する流れを受けて、反対運動が広がっていった[2]が、安倍内閣は、2015年9月19日に安保法制=戦争法を強行採決の末に成立させ、10月1日にはその推進主体として防衛装備庁を発足させた。集団的自衛権の行使を容認する閣議決定に対して、憲法9条に反するという批判と共に、憲法9条に反することを閣議によって決定し、これを根拠に安保法制=戦争法を成立させたことは民主主義に反することであり、また、憲法99条・憲法尊重擁護義務に反するものであるという批判が相次いだことで、安保法制=戦争法に反対する運動は広がりを見せたといえる。この後、2016年11月15日には、この法律に基づいて南スーダンへの自衛隊海外派兵に対して武力行使を可能とする「駆けつけ警護」任務の命令が発せられ、安保法制=戦争法が着実に動き始めている。直近では2020年2月下旬にイランへの自衛隊派遣が行なわれた。これに対して、安保法制違憲訴訟が各地で繰り広げられている。

(2)軍学共同を推進する「安全保障技術研究推進制度」について

 これらの動向を背景として、大学等における研究活動に多大な影響を与えている。先進的な民生技術の軍事転用を目的とする「安全保障技術研究推進制度」による影響が大きい。2014年4月に武器輸出三原則を事実上撤廃し、防衛装備移転三原則が策定され、一定条件を満たせば武器の輸出が許可されるようになった。この武器の製造にあたっては、内閣は大学や研究所、民間企業の技術開発を動員する必要に迫られる。そこで、個々の研究者を軍事研究に参画させるために、2015年度より始まったのが「安全保障技術研究推進制度」という、防衛装備庁が自衛隊の防衛装備品に応用できる大学や公的研究機関などの最先端研究に資金を出す競争的資金制度である。応募資格は大学や研究所、民間企業の研究者であり、「軍」が「学」と「産」を巻き込み、この三者を「官」が結び付ける体制の構築を目論んでいることがうかがえる[3]。この制度に採択された研究には、研究進捗を管理する「職員(プログラムオフィサー)」が付けられる。この問題点については、日本学術会議の声明において次のように指摘されている。「防衛装備庁の「安全保障技術研究推進制度」(2015年度発足)では、将来の装備開発につなげるという明確な目的に沿って公募・審査が行われ、外部の専門家でなく同庁内部の職員が研究中の進捗管理を行うなど、政府による研究への介入が著しく、問題が多い」[4]

 「安全保障技術研究推進制度」の予算について[5]は、2015年度は3億円、2016年度は6億円であったが、2017年度の安全保障技術研究推進制度の予算には110億円が計上され、2018年度は101億円、2019年度にも同額の予算が付けられた。2016年度に応募総数が減少したことが影響しているのかその詳細は不明ではあるが、予算の大幅な増額が行なわれた。大学での研究費配分が少なくなってきていることから、背に腹は代えられずなくなく申請する者が出てくることが想定され、多額の予算をつけて誘導しようとしている現状は「研究者版経済的徴兵制」[6]と称されるべき状況である。

 実績に関しては、2017年度までに33件の研究課題が採択された。初年度は大学等からの応募が全体の53%を占めていたが、2018年度には16%にまで低下している。また、応募総数も2015年度の109件から2018年度の73件にまで低下している。大学などからの応募が減少している背景として、後述するような反対運動や世論の高まりがあると考えられる。もっとも、2019年には筑波大学が「大規模研究課題(Sタイプ)」で申請を行い、大学として初めて認定を受けるなど、予断を許さない状況にある[7]

(3)「安全保障技術研究推進制度」の「正当化」論理について

 ところで、この「安全保障技術研究推進制度」に研究者を誘導するために使われているのがデュアルユースという論理である。ここでのデュアルユース論とは、科学研究の成果は民生利用(平和利用)にも軍事利用にも使える性格を持つから、科学研究を単純に民生研究か軍事研究か分けることはできない、という議論・主張である。日本学術会議が安全保障と学術に関する検討委員会を設置した理由にも「軍事的に利用される技術・知識と民生的に利用される技術・知識との間に明確な線引きを行うことが困難になりつつあるという認識がある」[8]と謳われていることから、この議論・主張を従来の学術行政からの転換の根拠としていることがうかがえる。この議論は、科学はデュアルユースだから、それを悪用されてもそれは科学者には罪がなく悪用した者にのみ罪がある、という考え方を導き出し、軍事利用につながる研究でも、自らは民生研究としてやっているのであり軍事利用されるのは自らの問題ではないから、安全保障技術研究推進制度の競争的資金を獲得してもよい、という判断を下すことができ、研究者が結果責任を回避する途を開いたのである。

 確かに、科学研究はデュアルユースの側面を有している。とはいえ、軍事利用に加担しない方向を考えれば、軍から供与されている資金を用いて行われた研究が軍事研究であると考え、軍からの資金を使わなければよいことであろう。軍が資金を出すということは、それが基礎的研究であれ軍にとって興味関心があるということであり、研究の方向性に関して軍の関与を強め、軍用化につながる一歩を踏み出しているのである。

 これに対しては、そのようにすることで研究者の学問・研究の自由を侵害しているのではないかという批判もあり得よう。とはいえ、次のような問題点がある。「一方は、自己の研究を飛躍的に展開できる好条件の機会を目の前にして――ことに従前研究費不足のため、研究意欲を抑えて来ざるをえなかった場合――研究者的良心の見地から研究の遂行を熱望しており、他方もまた、学問研究を外在的要因に煩わされないで純粋に学問固有の要求の観点から最も有効に遂行しうる理想的条件をもった・或はもつべきものとしての学問研究共同体の役割を貴重に考え、この研究体制を乱す行動を抑えようとするものである。ことに、このような学外の発意にもとづく研究資金は、その性質上当然に部分的・特殊的であり、大学全体の調和ある研究体制を歪める働きをもつ」[9]。研究者個人の学問研究の自由と「学問研究共同体」の一体性を大学構成員全員が参画して、大学内部の共通理解を得ながら合意を形成していくことを通して調和させていくことが求められるだろう。

(4)軍学共同に対する反対運動

 日本の学術行政は戦前の反省から軍学共同には反対の立場をとり続けてきた。日本学術会議は1950年4月の第6回総会で「戦争を目的とする科学の研究には絶対に従わない決意の表明」を発表した。また、1967年の第49回総会で「真理の探究のために行われる科学研究の成果が又平和のために奉仕すべきことを常に念頭におき、戦争を目的とする科学の研究は絶対に行わないという決意を声明する」と発表した。2017年3月24日には「軍事的安全保障研究に関する声明」を発表した。また、2018年9月14日に名古屋大学において「軍事的安全保障研究の取扱いに係る基本方針」が打ち出された[10]。2019年3月16日には日本天文学会が「天文学と安全保障との関わりについて」という声明を発表[11]し、軍事には加担しないことを明確化した。直近の筑波大学による「安全保障技術研究推進制度」への申請と認可をめぐっては、池内了名古屋大名誉教授を共同代表とする「軍学共同反対連絡会」が2月に抗議活動を開始し、これまでに4千人以上から反対署名が集めているほか、筑波大の学内でも、「日本科学者会議」の筑波大学分会や「安保法制に反対する筑波大学有志の会」などが研究の中止を求め始めている[12]。軍学共同の動きに対して、今後も各方面からの運動の発展が期待される。


[1] ここでは「防衛白書 平成30年度版」を参考にしている。
[2] 例えば、自由と平和のための京大有志の会が発表した声明書がある。http://www.kyotounivfreedom.com/manifesto/ 
(最終閲覧日:2017年3月6日)
[3] 池内了『科学者と戦争』岩波新書,2016年、68-69、94-95頁
[4] 日本学術会議「軍事的安全保障研究に関する声明」2017年3月24日(アクセス日2020年4月19日)
[5] 防衛省「各年版 わが国の防衛と予算」を参照。(アクセス日2019年3月19日)
[6] 前掲池内了『科学者と戦争』、139-141頁
[7] 「筑波大、防衛省助成に応募 「軍事研究しない」方針は?」『東京新聞』2020年3月2日
(アクセス日2020年3月14日)
[8] 「課題別委員会設置提案書」(最終閲覧日:2017年3月6日)
[9] 高柳信一『学問の自由』岩波書店,1983年、115頁
[10] 名古屋大学「軍事的安全保障研究の取扱いに係る基本方針」2018年9月14日
(アクセス日2019年3月19日)
[11] 日本天文学会 (アクセス日2019年3月19日)
[12] 「防衛省の助成、筑波大の研究を採択 学内に反対も」『朝日新聞』3月9日 (アクセス日2020年3月14日)