2020.03.15
全国大学院生協議会(全院協)は、全国の国公私立大学大学院の院生協議会・院生自治会によって構成された組織であり、大学院生の研究・生活条件の維持・向上および大学院生の地位と権利の確立を求めて活動しています。全院協では、2004年度よりアンケート調査(「大学院生の研究・生活実態に関するアンケート調査」)を実施し、2019年度は132国公私立大学(過去最多)、858名から回答が集まりました。私たちは、このような大学院生一人ひとりの切実な声から、大学院生の研究・生活実態を把握しその改善を求めて、以下の項目に基づいた要請を行います。
2012年、日本政府は国際人権A規約第13条2項(b)(c)の留保を撤回しました。これにより、日本政府は高等教育の漸進的無償化を進める責務を担うこととなりました。今年5月、大学等修学支援法が成立し、いわゆる低所得世帯の学費無償化が実現する見通しとなりましたが、同法には権利としての無償教育の実現を目的としておらず、また大学院生を適用対象から外しているといった問題があります。これらの点に鑑み、
2017年以降は、給付型奨学金の導入が実現されましたが、大学院生はこの制度の対象外におかれています。したがって、多くの大学院生が依然として奨学金という名の多額の「借金」に頼らざるをえない状況におかれています。そのため、
基盤的経費の減額により、大学教授の多忙化や図書館が購入する学術雑誌や書籍の減少をはじめさまざまな弊害が生じています。研究・教育をする上での基盤を維持し、基礎研究を支える事が必要です。そのために、
博士課程への進学者は主要国で唯一減少し、大学院生の女性比率も主要国最低となっています。経済的な支援を充実させることに加えて、ライフイベントを理由に研究者への道を閉ざされることが無いよう、政策的な支援と柔軟な制度運用を求めます。例えば、
我々がかかるアンケート調査を実施している背景の1つには、行政府がこうした調査を怠っているという事実が存在します。本来、高等教育および研究者支援に関する議論はそういったデータをベースに行なわれるべきと考えます。したがって、今後、行政府が、その責任に基づいて、大学院生の経済的状況を中心とした研究・生活実態調査を実施することを求めます。
今、多くの大学院生が、重い学費負担、奨学金という名の多額の「借金」、就職への不安に苦しめられています。それだけでなく、研究と結婚・出産・育児の両立が難しい状況にあります。さらに、長期間「学生」でいることへの「後ろめたさ」など精神的な負担も増しています。私たち全院協が実施した調査「2019年度大学院生の研究・ 生活実態に関するアンケート調査」(以下、アンケート)には、このような困難を抱える多くの大学院生から切実な実態が寄せられました。本要請は、アンケートに基づいて日本の大学院生の要望をまとめ、研究・生活環境の向上を求めるものです。
アンケート調査によって今の大学院生が抱えていると考えられる困難は大きく分けて3つあります。
第一に、OECD先進諸国と比して学費が高すぎるという問題があります。
OECDがまとめているEducation at a Glance 2018によれば、教育機関に対する政府支出のGDP比は、OECD平均が4.2%に対し日本は2.9%と、比較可能な34カ国中で最も低い割合でした。なかでもGDP比で見た高等教育に対する政府支出の少なさはより深刻であり、OECD平均が1.24%であるのに対し、日本はその約半分の0.65%となっています(比較可能な32カ国中最低)。
このような教育支出の少なさを背景として、文科省の「諸外国の教育統計」2018年版によれば、日本の国立大学の初年度納入金は、イギリス、アメリカ、チリに次いで4番目に高い81万7800円となっています(私立大学では平均130万8962円)。フランス・ドイツ等、入学料・授業料を一切徴収しない国がある一方で、日本の学生の学費負担はきわめて大きなものであると言えます。
今年度アンケート結果からは、実に82.1%に上る多くの大学院生がアルバイトに従事しているという実態が明らかになりました。学内外を問わず、アルバイトをする目的(複数回答可)は「生活費」のためが最も多く、次いで「学費・研究費」のためが多くなっています。また、アルバイトによって研究時間を充分に確保できていないと回答した大学院生は35.5%でした。「研究者の卵」である大学院生に十分な研究環境が保証されていなければ、大学の研究能力の向上や研究内容の質に支障をきたし、それは日本社会にとっても大きな損失となるはずです。しかし、現状では、重い学費負担のためにアルバイトに従事しなければならず、研究時間が圧迫されるという事態が起こっています。
2012年に日本政府は「国際人権 A 規約第13条2項(c)」の留保を撤回し、高等教育の漸進的無償化によって学びへの権利を保障していくことを国内および国際社会に公約しました。しかし、未だ高等教育の学費無償化は達成されておらず、大学等修学支援法も学びへの権利を保障することを目的としたものとなってはおりません。2018年5月末までに提出されねばならなかったはずの経済的、社会的及び文化的権利委員会への政府報告も未提出のままとなっています。高等教育の漸進的無償化を実現するため、学費の引き下げをはじめとする抜本的対策を求めます。
第二に、奨学金が実質的には借金と化しており、経済支援としての機能を十分に果たしていないという問題があります。
日本には学生への経済支援制度として、日本学生支援機構による奨学金があります。しかし大学院生に対しては貸与型のみであり、またその多くは有利子であることから、大学院生は社会に出る前に多額の借金を背負うこととなります。アンケートでは、奨学金借入者のうち、54.4%(昨年度は44.5%)の大学院生が300万円以上の奨学金借入額を抱え、25.3%(昨年度は21.8%)が500万円以上と、深刻な状況に置かれています。大学院生が抱える奨学金返済への不安はきわめて大きく、奨学金利用者の86.4%が、「奨学金の返済に不安を抱えている」と回答しました。また、調査研究費や生活費の捻出方法について質問したところ、「アルバイト」の回答割合が、「奨学金」の回答割合を大幅に上回りました。これは大学院生の多くが、アルバイトにより研究時間を削がれてでも、奨学金の利用を避けるという傾向を示しています。
なぜ大学院生は奨学金制度を利用せずに貴重な研究時間を割いてアルバイトをする、という選択をするのでしょうか。奨学金を「利用しない理由」について質問した項目では、「借金をしたくないため・返済に不安があるため」という回答が最も多く、62.2%(昨年度52.2%、一昨年度は47.0%)に上りました。この結果から、奨学金が「借金」となってしまっているために、経済的理由で修学が困難な学生を支援するという制度本来の目的を達成できていないことが伺えます。経済的に困窮する大学院生ほど、研究費不足からアルバイトに時間を割かざるを得ず、研究に打ち込めないという悪循環を鑑みると、奨学の観点での奨学金制度の拡充が求められています。
2018年度から公的な給付型奨学金制度が初めて創設されました。今年度には大学等修学支援法にもとづく低所得世帯を対象とした授業料減免制度が成立しました。しかしながら、両制度ともにこの対象者は、大学等高等教育機関の学生に限られ、大学院生は対象から除外されています。その理由として、大学院生に対してはTAやRA、博士課程については日本学術振興会特別研究員奨励金(学振)や貸与型奨学金の事後免除で対応しているということが挙げられますが、これらの制度はそれぞれ以下のような問題を抱えており、給付型奨学金制度の対象から大学院生を除外する理由にはならないはずです。まず、TA・RA等の学内アルバイトは希望しても就けない場合も多く、就けたとしても、しばしばその金額では学費や生活費を賄うには足りずアルバイトを掛け持ちすることを迫られます。また、学振の特別研究員制度は、DC1で採用率が2割弱、博士課程進学者に占める割合は5%未満とその対象者はごく一部の大学院生に限られています。そして、奨学金の事後的な返還免除規定は、在学中には免除となるか分からないが為に少しも進学や在学中の返済への不安を和らげるものではありません。2017年度に始まった予約採用制度も、博士後期課程進学予定者に限定されており、依然として差別的な要素を残したままです。それゆえ、多くの大学院生が不安なく利用できるように、奨学の観点から速やかに給付型奨学金、および大学等修学支援法にもとづく学費減免制度の支援対象を大学院生へと広げ、また給付額、給付人員のいっそうの拡大を求めます。
第三に、大学院生の就職難の問題があります。
就職は大学院生の抱える大きな不安の一つです。大学院生全体の75.7%が「就職への不安や不満がある」と回答しました。また、博士課程卒で研究職を希望する大学院生に対して就職の不安について質問したところ、70.9%が「正規職につけるか不安」と回答しました。
就職難への対策として、テニュアトラック制度や卓越研究員制度等が取られていますが、これらによって就職状況が充分に改善されていると言えません。大学・研究所では、近年正規ポストから非正規ポストへの置き換えが進み、現在では40歳未満の研究者の約6割が任期つきポストに就いているなど不安定な就業形態で働かざるを得なくなっています。大学や研究機関に対する助成金・研究予算を増額するとともに、正規雇用へ転換するための政策・予算措置を取ることを求めます。
1990年代に大学院進学者数の枠が政策的に増大されてきたことに反して、アカデミックポストが確保されてこなかったことによって、就業機会が保証されていない大学院生が少なからず存在します。他方、一般就職を希望する大学院生に対して就職の不安について質問したところ、「正規職に就けるか不安」という回答が、修士課程で57.3(昨年は49.5%)、博士課程で85.7(昨年は69.2%)に上りました。非正規雇用の増大や、大学院を修了した人材が社会的に十分に評価されることなく、ミスマッチが生じていることが背景として考えられます。卓越大学院プログラムをはじめ近年の政策は、企業で認められる大学院人材を育成することに主眼が置かれているように思われますが、大学院修了者の社会的評価を高めるためには、大学院におけるキャリアパス支援の充実および企業に対する大学院修了者の評価・登用制度の促進などにとどまらず、様々な取り組みが必要であるはずです。大学院生一人ひとりの望む就業機会が得られる環境を整備することを望みます。
以上の各項目の改善を図るためには、現在の高等教育政策を抜本的に改める必要があります。
近年、「選択と集中」を基にした大学制度改革が行われてきました。運営費交付金は法人化を行った2004年の水準と比較して1444億円削減されています。近年、運営費交付金の削減は止まりましたが、大学ごとに、大学改革の進み具合や民間から得た研究費に応じて運営費交付金を増減する仕組みの導入などが打ち出されています。また、私立大学でも同様に、ブランディング事業や、改革を進めている大学に対して重点支援を行う施策が行われています。
しかし、このような競争的資金による予算配分では、短期的成果の見込める研究のみに資金が投じられ、基礎研究や教育分野などの研究が疎かになるというリスクを孕んでいます。2018年にノーベル医学・生理学賞を受賞した本庶佑さんも、現在の競争的な資金配分に対して警鐘を鳴らしています。
国立大学法人化以来、国は競争政策を続けてきたが、事態は改善していない。ならば失敗だったということだ。これ以上競争を強いたら大学はつぶれる。
今後も日本が世界に認められる研究成果を生み出していくためには、研究者が自由にチャレンジできる環境が整っていること、具体的には、限られた予算を競争によって奪い合うのではなく、基盤的経費を増額しその予算が広く配分されることが必要です。国立大学運営費交付金の増額と共に、「私学学校振興助成法案」の付帯決議に示された経常的経費の2分の1の補助が速やかに実現されるよう求めます。
以上
要請行動当日は、時間が限られておりますので、1、2、4については結論のみをお答えいただき、特に下記の項目3、5、6について文科省のお考えをご説明ください(番号は上記要求項目に即しております)。なお、勝手ながら質疑応答も行うため回答時間は15分程度でお願いします。
② 所得の多寡によって学問への道が閉ざされることが無いよう、大学等修学支援法にもとづく支援の対象を大学院へ拡充することを求めます。また、導入に際しては大学側に対しては条件を一切課さないことを求めます。
① 奨学・事前給付の観点から、給付型奨学金の対象者を大学院生にまで拡大すること、および有利子奨学金の無利子奨学金への全面的な切り替えないしは返済額の減免制度の確立を求めます。
④ 日本学術振興会特別研究員の採用枠の拡大ならびに支給額の増額を求めます。併せて、同制度の性格に鑑み、税控除の対象とすることを求めます。
② ほとんどの大学で任期付きポストの無期転換制度が導入されておらず、若手研究者の6割が任期付きポストに就いています。この現状を重く受け止め、雇用の安定化のための政策・予算措置を取ることを求めます。
① 国立大学運営費交付金を拡充することを求めます。また、選択と集中の論理に根差した大学改革や近視眼的な競争を強いる民間資金獲得などに応じた予算配分ではなく、基盤的経費を増額することを求めます。
② 現行の制度設計のもとでは、病気や、親族の介護、出産・子育てなどの理由があっても、休学期間中、奨学金の支給が停止されてしまいます。休学期間中も奨学金を受け取れるようにする、あるいは休学期間と同じだけ受給できる期間を延長するなど、奨学金制度の柔軟な運用を求めます。
我々がかかるアンケート調査を実施している背景の1つには、行政府がこうした調査を怠っているという事実が存在します。本来、高等教育および研究者支援に関する議論はそういったデータをベースに行なわれるべきと考えます。したがって、今後、行政府が、その責任に基づいて、大学院生の経済的状況を中心とした研究・生活実態調査を実施することを求めます。
全院協が掲げる要請項目を実現するためには、文教・科学予算の抜本的な拡充が不可欠です。特に、以下の3つの重点項目との関りで、今日その必要性は高まっています。
2012年、日本政府は国際人権A規約第13条2項(b)(c)の留保を撤回しました。これにより、日本政府は高等教育の漸進的無償化を進める責務を負うこととなりました。今年5月、大学等修学支援法が成立し、いわゆる低所得世帯の学費無償化が実現する見通しとなりましたが、同法には権利としての無償教育の実現を目的としておらず、また大学院生を適用対象から外しているといった問題があります。高等教育の完全無償化を進めるため、予算の拡充を求めます。
2017年以降は、給付型奨学金の導入が実現されましたが、大学院生はこの制度の対象外におかれています。したがって、多くの大学院生が依然として奨学金という名の多額の「借金」に頼らざるをえない状況におかれています。しかし、奨学金はローンではなく、国際的には給付制のスカラーシップが主流です。大学院生も含めた給付型奨学金の拡充を中心とした奨学金制度の改善が必要です。また、研究者支援としては、日本学術振興会特別研究員の制度がありますが、そこで支払われる奨励金は月額20万円と修士卒の初任給の平均を下回っており、また採択率も申請者中17~8%と低い水準にとどまっています。研究生活の基盤となる経済的支援の充実のため、予算の拡充を求めます。
基盤的経費の減額により、大学教授の多忙化や図書館が購入する学術雑誌や書籍の減少をはじめさまざまな弊害が生じています。また基盤的経費の傾斜配分のため、大学の環境の優劣に大きな格差が生じています。研究・教育をする上での基盤を維持し、基礎研究を支える事が必要です。そのためには「選択と集中」の論理に基づいて、一部の大学にのみ重点的に資金を配分するのではなく、基盤的経費の底上げが必要です。