大学院生の研究・生活実態に関する
アンケート調査

2019年度アンケート調査結果

2019.11.22

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報告書の概要 全文

はじめに

 全国大学院生協議会(以下、全院協)は、大学院生のアルバイト・奨学金といった実態を把握するために、毎年「大学院生の研究・生活実態に関するアンケート」を実施しています。今年は16回目にあたり、2019年6月9日~9月15日に実施しました。ご協力していただいた皆さまに、この場を借りてお礼申し上げます。

 本調査ではこれまで、アルバイトによる研究への障害、奨学金という名の多額の借金、大学改革や厳しい就職難の中での大学院生の心理的負担について明らかにしてきました。今年も次項より掲載するような大学院生の実態を元に、文部科学省や国会議員への要請を行います。

(1)調査目的

 本調査は、大学院生の経済実態を客観的に把握し、もって大学院生の研究及び生活諸条件の向上に資することを目的としている。2004年度から経済実態に関するアンケート調査を行ない、それを報告書としてまとめてきた。今回の調査で16回目となる。

(2)調査状況

  1. 2019年6月9日~9月15日に実施した。
  2. 調査は紙媒体・Web両方で行い、859人からの回答を得た(2018年度は702人)。回答者の所属する大学数は、国公私立大学125校であった(2018年度は126校)。

(3)回答者属性

  1. 男女比は男性58.0%、女性39.6%、その他0.8%、回答の意思なし1.6%である。
  2. 年齢構成は、20〜24歳が45.8%、25〜29歳が37.1%、30〜34歳が7.5%と続いた
  3. 学年は、修士課程1年(M1)、修士課程2年(M2)がそれぞれ25.1%と26.1%、博士課程1年(D1)、博士課程2年(D2)、そして博士課程3年(D3)が、それぞれ12.3%、11.7%、そして13.2%だった。
  4. 設置形態については、国立大学法人が70.8%、公立大学が8.4%、私立大学が19.7%と、国立大学法人に在籍する大学院生からの回答が特に多かった。
  5. 学系については、人文社会系、社会科学系、理・工・農学系、教育学系がそれぞれ、26.3%、14.6%、41.6%、5.1%と、理・工・農学系の回答が相対的に多かった。。
  6. 留学生は6.8%、社会人院生は12.4%だった。

1.多くの大学院生がアルバイトに追われ、研究に支障を感じている

■大学院生のおよそ二人に一人が週に十時間以上のアルバイトに追われている

 大学院生の経済的実態を明らかにする上で重要なのがアルバイトの実態である。高い学費と乏しい奨学金によって多くの大学院生が研究時間を削って生活費や学費、研究費をまかなっている現実がある。今回のアンケートでは、大学院生全体の81.7%が何らかのアルバイトに従事していることが分かった(図1)。また、これらの大学院生が一週間のうちアルバイト等に従事している時間を図2と図3に示した。アルバイトに従事する大学院生の52.8%、回答者数全体から見ても43.4%が週に10時間以上をアルバイト等に費やしており、フルタイムに相当する時間を生活への支障なく研究に費やすことのできる大学院生は限られており、多くの大学院生が研究とアルバイト等のダブルワークとでもいうべき状況に置かれている。

何らかのアルバイトに従事する大学院生の割合

■大学院生は授業料や生活費のために、やむを得ずアルバイトに従事する

 アルバイトについては、大学院生が大学での研究を継続するためにやむなく従事している場合が多い。一例として、学外のアルバイトの目的を図4に示す。89.9%が、「生活費をまかなうため」と回答し、66.9%が「学費・研究費をまかなうため」と回答している。

 また、収入の不足や学費の負担が研究に与える影響について、図5に示す。「影響はない」は30.4%であり、69.6%は何らかの影響を受けていると回答した。具体的な内容としては、「アルバイトやTA[1]などをしなくてはならない」が49.2%、「研究の資料・書籍を購入できない」が30.4%と続く。「授業料が払えない・滞納したことがある」という回答も7.1%あった。多くの大学院生が、授業料や研究費を支払えないということと、アルバイトによって研究時間を割かれるということのトレードオフに直面している。

アルバイトに従事する理由

[1] Teaching Assistant。大学院生が学部学生等に対し実験・演習等の教育補助業務を行い、これに対して給与を手当し、大学院生の処遇の改善の一助とすることを目的とした制度。

2.学費負担は重く、大学院生は奨学金の借金を背負っている

■授業料減免は未だに乏しく、大学院生は多額の授業料を支払っている

 日本はOECD諸国のなかでも家計の学費負担が非常に大きいことが明らかになっている。大学院生の学費負担額を、所属機関別に表したものが図6である。国立大学法人、ならびに公立大学(法人)において「60万円未満」が最も多くなっており、これは、国立大学授業料の標準額が535,800円であることを鑑みると妥当であるといえる。しかし、私立大学においては学費の高さが顕著となり、およそ65%の大学院生が年間60万円以上の授業料を支払っている。

大学院生が負担する授業料

■大学院生の半数が奨学金を借り入れし、その4人に1人が500万円以上の借金

 現在、日本における大学院生の半数以上が、日本学生支援機構の奨学金を利用している。しかし、同機構による大学院生向けの奨学金制度は貸与型が中心となっており、有利子(第二種)の奨学金がその多くの割合を占めることから、その実態は「奨学金(scholarship)」ではなく「ローン(loan)」であるといえる(2017年度より同機構による給付型奨学金の運用が開始されたが、大学院生は対象外となっている)。

 2019年度のアンケート調査では、全体の67.5%が(給付型/貸与型問わず)奨学金の利用経験があり、また、全体の53.9%が「貸与型奨学金を利用している・利用したことがあり、今後奨学金の返済をする必要がある」と回答した(以下、奨学金借入者)。奨学金借入者の借入総額を示したものが、図7である。半数以上にあたる59.8%の回答者が300万円以上の借入をしていたうえ、25.3%(4人に1人)の回答者が500万円以上の借入をしている。さらに、1,000万円以上を借入れる大学院生も2.7%おり、大学院生の抱える「借金としての奨学金」の大きな負担がうかがえる。

貸与奨学金の借り入れ総額

 自由記述の回答からも、「能力の有無で多少選択されてしまうのは仕方ないかも知れないが、あまりにも給付型の奨学金が少なく、また授業料など研究(学生生活)にかかる費用が高いと感じる」(D1、男性、私立大学)といったような、現行の奨学金制度に対する懐疑的な声が寄せられた。 2019年5月に可決された「大学等における修学の支援に関する法律(大学等修学支援法)」において大学院生が対象外であると明示されたように、高等教育機会均等への漸進的進展のなかで、大学院生の経済的困難の問題が今後さらに取り残されていく懸念がある。

■借金が増えることを避けるために、奨学金を借りずに学外アルバイトに従事する

 大学院生にとって、奨学金という名目で将来的な借金を背負うことには精神的な負担が伴う。それでは、奨学金制度を利用していない大学院生は、奨学金利用についてどのような姿勢をとっているのだろうか。

 図8は、大学院生が奨学金を利用しない理由の回答を示したグラフである。奨学金を利用しない最大の理由として、全体の62.2%が「借入をしたくないため・返済に不安があるため」を挙げており、過半数の大学院生が、修了後にのしかかる返済という現実的な不安を理由に、奨学金利用を回避していることが明らかになった。また、「利用する必要がないため」に奨学金制度を利用しなかった大学院生は、ついに0%となり(2018年度:3.4%、2017年度:8.1%)、大学院生の抱える経済的困難の深刻さが見て取れる。

 続いて、授業料・調査研究費・生活費の負担主体を表1に示す。特筆すべきは、調査研究費と生活費において、「アルバイト」の回答数が「奨学金」の回答数を上回っていることである。およそ半数の大学院生が親からの仕送りを「もらっていない」と回答し(52.0%)、いずれの支出に対しても「奨学金」が主な出所のひとつとなっていることから鑑みると(20~30%)、親からの経済的援助が少ないなかでも必要以上の奨学金の借入れを避け、その不足分の代替として学外アルバイトを行っている大学院生の事情が浮かび上がってくる。 「院生の間はいくら研究してもお金が得られない。お金を得るためには研究の時間を削って別の仕事をするしかない。研究・教育活動でお金が得られるようなしくみがほしい」(M2、男性、国立大学)という自由記述にみられるように、研究時間を削ってでもアルバイトに従事しなければならない大学院生をめぐる状況の改善を求める声があがっている。

奨学金を利用しない理由と授業料などの負担主体

3.大学院生の精神的負担は極めて重い

■学年が進むごとに借金が重なり、多くの大学院生が返済に不安を抱いている

 以上のように奨学金=借金は、大学院生に大きな不安感をもたらしている。図9を見ると奨学金借入経験者の86.4%が、返済への不安について「かなりある」、「多少ある」と回答している。この結果は、ここ8年間のアンケート結果と照らし合わせてみても、依然として奨学金の返済に対する不安が奨学金借入経験者の間に広く、根強く存在していることを表すものである(2012年:81.7%、2013年:80.4%、2014年:74.7%、2015年:84.6%、2016年:86.8%、2017年:85.0%、2018年:87.6%)。とりわけ、返済への不安について「かなりある」との声が過去最高の56.0%を占めたことは、この問題が切実の度合いを着実に増していることを表す事実として注目に値する(2012年:46.9.%、2013年:48.3%、2014年:43.0%、2015年:55.4%、2016年:55.3%、2017年:53.3%、2018年:51.1%)。また、「修士課程」・「博士課程」・「それ以上」と進むにつれ、不安があると回答する大学院生の割合は増大している。

奨学金借入経験者の、奨学金返済への不安

 また、図10のように、借入額が大きくなるほど返済への不安もまた大きくなる。700万円以上の借入をしている大学院生の、98.0%が返済に不安を感じている。大学院生が、社会に出る前に大きな借金を背負うことの精神的負担の重さを示しているだろう。個々の大学院生は、奨学金という重荷を背負ってなお、進学という道を選択しているわけであるが、こういった環境で創造的な研究が果たして生まれうるであろうか。

借入額別の奨学金返済への不安

■研究の見通しだけでなく、経済的問題、就職難に不安を抱いている

 大学院生活での研究・生活上の懸念事項として最も多く挙げられているのが「生活費の工面」(70.3%)であり、次に「研究の見通し」(68.4%)、「就職」(68.2%)となっている。また、それに続くのは「研究費の工面」(45.1.%)「奨学金の返済」(41.1.%)「授業料の工面」(40.0%)と、いずれも経済的負担に関連する項目である。このことからは、研究のみならず、経済的困窮が大学院生にとって大きな懸念事項となっていることがわかる。また、経済的な要因の他にも、「結婚・出産・育児」、「ハラスメントなど、人間関係」が20%以上と高く、経済的な支援と合わせて対策の検討が必要な課題がある(図11)。

大学院生活の懸念

■大学改革の中での競争主義・業績主義を、大学院生も実感している

 「成果主義・業績主義的などからくる、自身の将来に対する精神的負担・不安を感じていますか」という質問に対する、課程別の回答を図12に示す。「感じている」と回答した大学院生は全体で57.3%に上る。特に学年が上がることで、より成果主義・業績主義を感じている割合が多くなっていることは注目すべき点である。

成果主義・業績主義などによる精神的負担、不安

 次に「成果主義や業績主義の傾向はあなたの研究に良い影響・悪い影響を与えていますか」という質問をした結果が図13である。全体の約半数である48.4%が「わからない・どちらともいえない」と回答し、18.4%が「よい影響を与えている」、33.1%が「悪い影響を与えている」と回答した。昨年度(それぞれ20.2.%、30.7%)と比較して、「悪い影響を与えている」との回答が増加していることは注目に値する。さらに具体的に質問をすると「良い影響」と回答した大学院生のうち96.5%が「研究成果を上げるためのモチベーションとなる」と回答した。また「悪い影響」と回答した大学院生のうち78.3%が「研究成果を上げることへのプレッシャーになる」と回答した。このことから、成果主義や業績主義を大学院生も受けながらも、個々人によってその受け取り方が異なることが考えられる。ただし、注目すべきは、「悪い影響」と回答した大学院生のうちの79.5%の「短期的に成果が求められ、長期的にじっくり研究ができない」と回答し、61.4%が「成果の出しやすい研究テーマへ変えることの必要性を感じる」との回答である。成果主義・業績主義の圧力は、長期的な研究への取り組みを困難とする環境を作り出す一因となっていると考えられる。

成果主義・業績主義による影響詳細

その他の要点として自由記述より寄せられた声

 上記のように、本アンケートから、日本で学び、研究している大学院生の多くが経済的な負担から実生活上の困難を抱えているということは明らかです。しかし、より仔細に見ると、大学院生を取り巻く問題には、さらに多様なバリエーションがあることがわかります。以下では、自由記述に寄せられた大学院生の声を紹介していきます。

■ライフプランの実現で困難を感じる大学院生

 大学院生のライフスタイルは各個人さまざまかと思われますが、生活のためにアルバイトに追われつつ、研究を行っている大学院生の多くは実質的にダブルワークをしているのと変わりません。社会的には「学生」として扱われることが珍しくない大学院生ですが、決して時間的、金銭的、肉体的、そして精神的に余裕があるわけではありません。

やりたい実験は数え切れないほどあるが、実際に生活するにはアルバイトをしなければならない。また、研究室環境を整えるためには、学部生の指導や雑務なども多く必要であり、十分に研究できているとは感じない。奨学金の返済にも非常に大きな不安があるが、一度しかない人生なので妥協はしたくないと考えている。土日祝、朝晩問わず研究室にいるため、体調が優れない(ひどい腰痛、鼻炎、歯など)状態でも研究できる時間は限られているため、後回しにしてしまう。少しでもいいので将来への期待は大きく持てるようになれば、安心できると考える。(M2 私立 男性 理・工・農学系)

 こうしたなかで、働く同世代との格差を感じ、将来に不安を覚える大学院生が数多く存在します。経済的な保障に乏しい大学院の現状を大きく変えない限り、大学院生に明るい未来はなく、延いては日本の学術研究の発展もありません。学費・奨学金・研究者支援の抜本的な改善が必要です。

 同世代の友人が勤め先で少しづつ出世し、結婚し、こどもが生まれて家庭を築いていく中、いつまでも学生の立場でいることに焦りを覚えます。しかし、自分が修了し学生の立場でなくなったあとのことは、まったく何もわかりません。正規の職に就けるのか、そもそも非常勤の仕事ですら手に入るのかは未知数です。さらに不安なのは、奨学金と言う名の約500万円の借金を抱えて修了することです。自分で選んだ道とはいえ、私が決まった職もなく独り身かつマイナス500万円の状態で社会に出ていく時、同世代の友人らは、会社でキャリアを積み上げ、家庭をもち、5年分の貯金を蓄え、ある程度の将来性をもって人生を歩んでいます。比べてしまうと、研究職を目指して院に進学することには何もメリットがないように思われます。国からの文系学科への研究予算が縮小されているなどという話も聞くと、文系研究職自体、経済的に明るい未来はなさそうです。それでも志を持って研究職を目指す人のために、本当の意味での奨学金、すなわち、受給型の奨学金や、少なくとも無利子の貸与型奨学金が必要だと思います。(D3 国立 女性 人文科学系)

■女性研究者が抱える問題

 ライフプランの実現に際して、性差に基づく困難も少なくありません。女性研究者が声を上げている問題は、性の平等の観点から見れば、本来、男性にとっても無視できない問題です。出産や育児といったライフイベントに安心して取り組める環境整備が必要です。

 女性という立場で、出産という目標を掲げれば生物学的な年齢の限界があるのも広く知られていることである。今のこの業界で生んで育てて研究し就職するというのは類まれなる運と努力がなければ遂行不可能である。企業就職を考えても、年齢という条件によって難しくなることはわかっており、ならばはじめから進学などしなければ良いと言うことになる。昨今のアカデミックにおける若手研究者の状況は、自分の人生の質か、研究かを選択せよと迫るばかりであると感じる。(D2 私立 女性 人文科学系)

 現在少しずつ,育児を行っている・あるいは行ったことによって研究を中断した女性研究者への助成(JSPS-RPDなど)が増えており,大変嬉しく,そして感謝しております。しかし,どの助成も「子どもができてからでないと応募できない」ことが多いです。これは,「いったん生んでから生活の保障がつくかどうか考える」というリスクの高い選択になり,これをしたくないが故に出産に踏み切れない私のような研究者も多いのではないかと思っています。(研究生・聴講生・科目等履修生 国立 女性 理・工・農学系)

■研究室で横行するハラスメントの問題

 今年度の調査では、特にハラスメントと日本学術振興会特別研究員制度(学振)に対する不満が多く寄せられました。指導教員によるパワーハラスメントやセクシャルハラスメントの問題は、教員個人の資質によるところも大きいと思われますが、それを未然に防ぐ施策を怠ったり、放置している大学法人や行政機関の側にも責任の一端があります。

 博士後期課程に6年間在籍しても学位を取得できない大学院生が大半である。教員が大学院生の研究をまったく尊重せず、暴言等のハラスメントがある。精神的ダメージを負って、研究を中断した大学院生は毎年いると言っても過言ではない。また、研究員や助手も雑務のため研究できる環境になく、過労のため退職する人が少なくない。個人研究は勤務時間中は禁止であり、勤務時間外にすることになっている。(D3 私立 回答の意思なし 教育学系)

 また、これらの問題の原因の1つには、教員を含む大学職員の多忙化があります。教員が大学院生の教育者としてその責任を果たせるように大学機関の環境整備が必要です。

■日本学術振興会特別研究員制度の問題

 学振は日本学術振興会から研究奨励金とその他研究費の金銭的支援を受けられる制度です。修士2年次に申請できるDC1と博士1・2年次に申請できるDC2が存在します。しかしDC1、DC2の採択率は軒並み20%以下と低率です。また、その額も月額20万円と修士卒一般就職の初任給の平均を下回っています。加えて奨励金から社会保険料や所得税が差し引かれると、手元に残る額はわずかです。

 人文科学系博士課程2年目です。学振DC1をいただいています。しばしば知人から、博士課程はあくまで「学生」で、仕事をせずに好きなことをしている道楽者、のように(直接的でないにしろ)言われることがあります。……学振でお金をいただいて特別研究員という肩書きをもつというのは、生活上の安定だけでなく、そういった社会的なまなざしに対して仕事としてやっていますと言いやすく、自分を保ちやすい、精神的な安定感の側面も大きいかと思います。……だからこそ、それが期限つきであるので将来に不安は大きいし、学振をいただいているからといって、生活面も必ずしも安定しているとは思えません。(D2 国立 女性 人文科学系)

 また学振には他にも、ポスドクを対象としたPDや産後研究に復帰したポスドクを対象としたRPDも存在します。しかし、その制度設計には矛盾した点が少なくありません。

 学振RPDだが、雇用されていないため、社会保険や厚生年金に加入できない。そのため、育休取得時に給付金の支給がなく、出産前後の出費がかさむ時期に無収入に追いやられた。また、国民健康保険料の負担も大きく、被雇用者ではないにもかかわらず奨励金は給与所得として課税対象になっており、しかし被雇用者ではないため保育園入園の際などに就労証明書が発行されず行政からはフルタイムの就労者として扱われない。全体として「制度の欠陥にともなう不合理のしわ寄せを個人に負わされている」と感じる。とくに、出産前後に無収入にされるような制度が放置されているのはまったく理解できない。(PD 国立 男性 理・工・農学系)

 こうしたなかで、そもそも学振に採択されやすいテーマ選択をしなければ生活や研究がなりたたないといった声も寄せられており、研究者支援の充実は急務です。

 学振を取るためにはある程度短期的に成果の出るテーマをやる必要があり、どうしても長期的にならざるを得ないテーマはえらびにくい。そうした時間のかかる研究ができる環境が日に日になくなってきているように感じている。目に見える成果はもちろん大事だが、それだけではなく自由に研究できる環境を整えてほしいと思う。(M1 国立 男性 理・工・農学系)

おわりに

 以上、本資料は、大学院生の経済的困窮とそれに由来した研究や将来に対する不安の存在を明らかにしてきました。ここから汲み取るべき論点は多々ありますが、その1つは現在の貧しい高等教育政策の下では、都合次第で大学院生は「学生」とも「研究者」ともみなされうる不安定な存在であるということです。本来、大学院生がこの2つの側面を兼ね備えた存在であるならば、学費・奨学金制度の改善も、研究者支援の充実も、どちらもあってしかるべきものです。これまで、私たち大学院生の多くがその儚い生活基盤の上に我慢を重ねてきました。しかし、以下の声に見られるように、それもいまや限界に達しています。

 いわゆる「高等教育無償化」から大学院生が除外されていることをはじめ、とにかく研究や教育に予算を出し渋る昨今の国の文教政策に対して、不満と不安を覚えています。……研究・教育や学会運営は趣味ではなく仕事ですので、それらに従事するあらゆる人々の待遇が改善されることを強く望みます。過大な要求はしていません。労働に対して経費と対価が支払われる、「普通の国」に暮らしたいというだけです。(OD 国立 女性 理・工・農学系)

 政府はいまだに競争原理に基づいて研究成果の向上を図ろうとしているように思われますが、心身の保障もなしに充実した研究はありえません。研究は裕福な人々にのみ許されたものではありませんし、そうあってはならないものです。生活を十分に保障することなく、研究成果を要求する現下の逆立ちした高等教育政策の転換が求められます。

■2019年国会要請項目

  1. 国際人権A規約第13条2項(c)にもとづく高等教育の漸進的無償化
  2. 研究生活の基盤となる経済的支援の抜本的拡充
  3. 大学院生及び博士課程終了者の就職状況の改善
  4. 国立大学運営費交付金、私学助成の拡充
  5. 大学院生のライフプラン実現支援の強化
  6. 行政府による大学院生を対象とした研究・生活実態調査の実施